伝説の古代ユダヤ王国ヘロデ王の墓を発見!

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約2000年前、イエス・キリストが産まれた時その知らせを聞いて、王位を奪われるかもしれないという疑心暗鬼にかられ、イエスを殺すために2歳以下の赤ん坊を皆殺しにした、あのヘロデ王の墓が見つかりました。

イスラエルのヘブライ大学のエフド・ネツェル教授が中心となった考古学研究所は5月8日、生誕直後のイエス・キリストを殺そうとしたことや、世界遺産に登録されているマサダ要塞(ようさい)などの巨大な建設事業で知られるローマ時代のユダヤ王ヘロデ(紀元前74年~紀元前4年)の墓が見つかった、と発表した。

発見者のエフド・ネツェル教授によると、墓はエルサレムの南15キロ。
ベツレヘムを越えたところにある山に造ったヘロデの要塞兼宮殿ヘロディオンの地中にあり、1972年から発掘してきた。

ヘロデの埋葬場所は、ローマ時代の歴史記録などからヘロディオンにあるとの見方は根強かった。
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だが、墓が見つからず、ユダヤ史の謎の一つとされていた。

ネツェル教授は、約350メートルにわたる墓への階段や、王とみられる高位の人物の石棺の外側を覆っていた装飾細工の一部が見つかったとし、「ヘロデ王の墓と断定した」と述べた。

発見場所は、エルサレムの南方約10キロメートルにあるヘロデ王宮跡の近く。
棺は全長約2.5メートルで石灰岩でできており、銅製の装飾が施されていた。

見つかったのは花の模様の装飾を施した石灰岩の棺、骨つぼ、墓室の土台の破片など。
墓を明示する文字は刻まれていなかったが、入念な装飾などから、発掘に当たった同大学のネツェル教授は記者会見で「ヘロデ王の埋葬場所であることは疑いない」と述べた。

墓は盗掘され、石棺は数百の破片に激しく破壊されていた。
ヘロデ王に「ローマ人の傀儡(かいらい)支配者」と敵意を抱いていたユダヤ人が、紀元70年前後に起こした反乱の際、破壊したと推定されるという。
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棺は損傷が激しく、人骨も見つかっていないが、ネツェル教授は発見場所や装飾などからヘロデ王のものと判断したが、骨が残っている可能性は低いという。
王宮跡は1970年代に発見され、同チームが周辺の発掘を進めていた。

ヘロデ王は紀元前1世紀の王で、古代ローマ帝国の支持を受けて王位につき、専制政治を行った。

紀元前にベツレヘムで生まれたとされるキリストの生誕を聞いたヘロデは、新約聖書の「マタイによる福音書」によると、ユダヤ王の座を奪われることを恐れて2歳以下の男児をすべて殺させたという。
キリストは親に連れられて逃げ、無事だった。

政敵も次々と殺した。
息子が義理の娘サロメの求めに応じて、キリストに洗礼を施したヨハネの首をはねたという物語も有名だ。

大建設事業でも名を残した。
死海沿岸の山の頂上と断崖(だんがい)に宮殿を造り、全体を要塞にもしたマサダや、円形劇場のある港湾都市カイサリアなどが知られる。

ネツェル教授は、ヘロデ王が有名人だったこと、キリスト教との関連で、聖書に何度もその名が記されていること、ヘロデ王はヘロディウムに素晴らしい建造物を残したことなどを挙げ、ヘロデ王の墓の発見の重要性を強調した。

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「聖書」には全て真実が書いてあるって、昔、聞いたことがあるけど、話半分に聞いてたんだよね。

新約聖書にはヘロデ王のことが書いてあったけど、実在した人かどうかなんて知らなかった。
本当にいたんだね。

惜しむらくは、墓が荒らされていて修復が難しそうだということ。

ヘロデ王も散々な言われようだけど、この頃は、ユダヤ王国を築いたソロモン王も遠い過去の人になっていただろうし、ローマ帝国の言うことを聞かなければ、多分さっさと殺されていたんだろうな。

だもんで、ヘロデ王はローマからも民衆からも突っつかれていて、保身に走るしかなかったんだろうね。
ある意味、中間管理職みたいなもんかな。
そう考えると気の毒な存在だね。


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